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Mayo 28, 2006

MTV

昨日、東京・国立代々木競技場第1体育館で開催された「MTVミュージック・ビデオ・アワード」にケンジコーチからチケットをもらい観に行ってきました。
今年のテーマはトランスフォームで、様々なアーティストのパフォーマンスやゲストのコメントが続く中、式の中頃で今までの功績が称えられたレジェンド賞の発表がありました。
CDセールス6億枚のナレーションと紹介ビデオと共にゆっくりと登場してきたのは、
あのマイケル・ジャクソン。 大歓声と 「本物?」、「動いているよ」というざわめきの中テレビのなかと同じように穏やかにコメントをしてくれました。 遠くからでしたがオーラは絶大でした。

このような様々な物から沢山刺激を受けて、レナトも形を作り上げていこうと思う土曜日でした。 ケンジコーチチケットありがとう。(またよろしくね!! 笑)

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Mayo 26, 2006

アルゼンチンでの珍事 第4回

いよいよ、練習が今日からスタートします。
練習は毎日 午後3時から、寮からバスに乗り 20分程でグラウンドに到着。
グラウンドは、日本で想像していたものとは違い、雑草交じりの芝で、地面はちょっとデコボコしています。
一番感動したのは、目の前に青空が広がっていること、ビルやマンションといった視界をさえぎるものがなく、緑と青の世界。
これはやる気にさせられました。
その後チームと合流したのですが、あきらかに サッカー後進国の日本人が何しに来たという表情で、練習では本当に潰される毎日でした。 ボールを持てば飛ばされ、呼んでもパスがこない。 日本(私)とは彼らにとってはそんな格下だったのです。
言葉もぜんぜん出来なかったので、いつも笑われている毎日が2ヶ月くらい続いたと思います。
もちろん試合にはベンチ入りさえ出来ませんでした。

その間、常に辞書片手で勉強し、朝も1人グラウンドで練習し、夜はジムで筋力トレーニング。
練習では、彼らに勝てるところを探し、そこでは彼らに絶対に負けませんでした。
とある日、練習でもパスが来るようになり、試合にもベンチ入りし、途中交代で出場できるようになっていました。
気づけばアルゼンチンについて3ヶ月が経っていました。
(チームメイトに俺は空手が出来ると言ったのが良かったのかも・・、なぜか向うの人達は怖がります。)
そんな時に、アメリカワールドカップが6月に行われるからこのチームから選手を選抜し、アルゼンチン代表の練習相手とサウジアラビア代表の練習相手としてアメリカに行くという話がありました。
私は、もちろん選抜されればどちらの代表の練習相手でも良かったのですが、マラドーナのいるアルゼンチン代表は魅力的です。

いよいよ選抜選手の発表の日です。
受験発表以来のドキドキで、名前の呼ばれるのを待ちます。

次回に続く・・

Mayo 23, 2006

映画

20日に話題のダ・ヴィンチコードを見てきました。
家から20分位いったところに東宝シネマがあり、深夜人が少ない時間帯を選んで行きました。
映画については、観た人達様々だと思います。 私は、知らないことがとても多かったので、
もっと色々勉強してみたいと思い観ていました。 
映画の中でなによりも引かれたのは、フランスの町並みとルーヴル美術館。
「モナ・リザ」はもちろん、「ミロのヴィーナス」や「ゴッホ自画像」......
いつか時間があればゆっくりと見に行きたいですね。

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栄養学

先日、アサヒタウンズ(朝日新聞姉妹紙)様の体験取材として、1週間の食事、運動等を書き出し提出しました。17日に紙面に栄養士からのコメントつきで掲載されました。
コメントには、野菜をもう少し食べることと、運動をする日はご飯をもう1杯(エネルギー)食べることでした。 早速今週から、野菜をほんの少し増やしています。
気がつくと家では納豆を食べる日が多い。

Mayo 19, 2006

チャンピオンズリーグ決勝

今年のチャンピオンズリーグ決勝は、バルセロナVSアーセナル(ロナウジーニョ VS アンリとも言われていました。) 1つ1つのプレイがとても質が高く面白い試合でした。
レナトスクール高学年クラスの5月のテーマとしている パスとファーストコントロール。
両クラブの選手達はこの技術がとても高い、試合を見ているとこれらの技術が試合を決定するといっても過言ではないかもしれません。 
ファーストコントロールが次のプレイに連動しているので次の良いプレイ(パス、ドリブル、シュート、動き出し等)を生みだし、プレイが途切れることがないのでスピーディーな試合で、観ていて面白い。
そして、フィジカル能力の高さ(スクールテーマでは、夏以降に出てきます。)、ロナウジーニョ選手は足技に注目されがちですか、ものすごくフィジカルが強い。 このフィジカルの強さがあるから足技が生きているように見えました。
この試合を見て、レナトスクールメソッド(アルゼンチンプロコーチ著、スポーツ・シーン編集)を見てみると自分達で言うのも照れますが、うまく出来ているなと思います。スクール生の中からチャンピオンズリーグ決勝に出る選手が現れるかも.....と夢見ています。

地球の反対側では、12月に行われるトヨタカップでバルセロナ等と対戦するチームを決定するコパ・リベルタドーレスが今も続いています。現在ベストエイトが出揃いアルゼンチンのチームが3チーム残っています。 

Mayo 18, 2006

夕食

昨夜は、時間があったのでアルゼンチン料理のミラネーサに挑戦しました。
これで挑戦は3回目なのですが、1回目はうまく衣がつかず、2回目は味が薄い、
3度目の正直か、2度あることは3度あるか.....
牛肉を叩いて5mm程度の厚さにして、卵をつけて衣をつけて揚げると今回は衣もつき、
味もにんにくをたっぷり使い美味しく出来あがりました。
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アルゼンチンでは、このようなお肉料理をいつも食べていました。

Mayo 17, 2006

ちょっとした感動

今日歩いている時に、キレイな花が咲いていたので写真に撮りました。
日々色々な事に目を向け、感じていけたらいいと思っています。
さあ 今日も頑張るぞと思える時でした。(なんて花なんだろう?)
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Mayo 16, 2006

アルゼンチンでの珍事 第3回

ブエノスアイレスのホテルを出て、車で約4時間、400kmはなれた ロサリオへと向う事に
なりました。 30分程度で都市を外れると、一面の草原地帯で、牛やら羊やらが草原をゆっくりと歩き、東京ではあまり見ることの出来ない景色に感動をしました。(そこから3時間同じ景色でしたが..)
4時間が過ぎ、寮の前に到着しました。 
寮につくとちょうど夕食の時間で、挨拶もほどほどに まあ食べなさいとステーキを食べさせられたのを
覚えています。 (その後選手、管理人の人達には挨拶をちゃんとしました)
私がこれから住む部屋は4人部屋で、他の3選手と生活をしていくのですが、まず用意をしてくれたのは、シーツやマクラ、毛布などを押入れの奥から出してきてくれました。 
とても親切なチームメイトでこれから安心してサッカーに取り組むことが出来そうです。
そして次の日、朝目覚めると、なんか体がかゆい....
目が覚めるのと同じようにかゆみも目を覚まし、全身に虫にさされたような跡が沢山できていました。
早速、シーツ等だけでなく、ベットのマットレスまで外に運び出し、シーツ等は洗いに出しマットレスをたたこうと思ったのですが、日本の布団たたきは言うまでもなくアルゼンチンにはありません。
仕方なく自分の手と足を使ってたたいたところ、トンでもない量の埃が舞い上がりました(マンガでよく埃で人が見えなくなるのがありますが、あれは本当になります)。
そこであきらめるわけにはいかないので、ケル、ケル、ケル、タタク。 なんとか埃の量も落ち着き、シーツ等もきれいになり、それからは落ち着いて眠れるようになりました。(その後体のかゆみは1週間つづきました。)
いよいよ明日からは、練習がスタートします。

Mayo 15, 2006

シュラスコ屋

先日の土曜日、ジュニアユースの練習が中止になったたので、外苑にあるブラジル料理のお店に行ってきました。
そこは、2002年WCUPで優勝したブラジルチームがパーティーで使った場所で、
夜になるとブラジル音楽を生演奏で聞く事も出来ます。
copa tokyo.jpg シュラスコ.jpg

下の写真は祝賀パーティーの様子。(・・・みたいです。)
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Mayo 11, 2006

アルゼンチンの食事

珍事は一休み。
私は、会話楽しみながら食事をしたり、映画を見たり、本を読んだり、音楽を聴いて踊ったり(これはアルゼンチンでの影響が大きい)と色々楽しみはあるのですが、今日はアルゼンチン料理の楽しみ方を書きたいと思います。
まず、アルゼンチン料理で好きなのがアサードと呼ばれる、色々な肉を炭火焼で食べる料理です。
牛(色々な部分)、鳥(トリと書くと生々しいですね、チキンです。)、チョリソー・・・・ どれもとても美味!
各家庭には、アサードが出来るようなスペースがあり、男性が特別な時に作ります。
そしてパリジャーダと呼ばれる、お肉の盛り合わせ。
サーロインステーキ、リブステーキ、レバー、チキン、豚肉、チョリソー・・・と山盛りで、500円くらいですね。 
日本でいうカツレツをミラネーザと呼び、200円くらいで食べれるかな。
本当にお肉をよく食べる国です。まあその分野菜も食べていますが、マテ茶(飲むサラダといわれている)を最後に飲むのも栄養素を補給しているのかもしれません。
私には、アルゼンチンには人口の倍 牛がいるので、これ以上増やさないように食べているようにも見えてしまいます。
そして日本人には信じられないのが、マテ茶の飲み方です。
マテ茶は、コップのような容器に葉を入れ、お湯(熱湯)を注ぎ、ストローをさして回しのみします。
1人が飲み終わったら、お湯を足し次の人へ.....
始めは回しのみに抵抗があった上に、熱湯をストローで飲む(何度ヤケドしたことか)ことが理解に苦しみましたが、今ではアルゼンチンにいくと普通に感じるようになってしまいました。

アルゼンチンは食事に数時間かけ、会話を楽しみながら食べています。
この時間の使い方はとても、イイナと思っています。


Mayo 08, 2006

アルゼンチンでの珍事 第2回

ブエノスアイレスの中心地から車で約15分くらいのところにあるホテルに
宿泊することになりました。
マラドーナが生まれ育った映像しかしらないので、アルゼンチンはもっと汚れているのかと思いましたが、
とてもヨーロッパ色が強くとてもきれいで趣のある都市でした。
時間があればぜひ行ってみてください。
ホテルに入ると西洋風の扇風機(??)というのですか、天井の上で回っているのですが、
とても傾いていてガタンガタン音がしていて、今にも飛んできそうです。
スイッチを探し右にツマミをひねると、高速になり、左にひねるともっと”高速”になり・・・・
こんなところでもフェイントを使うとはさすがアルゼンチン! と感心したのを覚えています。

家族に電話することをすっかりわすれていたので、ホテルにある電話を使おうとしたのですが、
さっぱり分かりません。 
横に説明書がある!と思ってみたのですが当然スペイン語でした・・
辞書を片手に何とか、ダイヤルしたのですが今度はアナウンスがスペイン語で流れています。
う〜ん、分からない・・ なんとなく聞こえる言葉をメモして電話を静かに切り、辞書で調べると
オペレーターという言葉が分かりました。 言いたいこともメモしてすかさず電話 9番を押しオペレーターへ、ここまでは良かったのですが、相手の言っていることがぜんぜん分からない… メモしようにも機械みたいに繰り返してくれない..... チャオ 
ここであきらめることが嫌いな私は、相手がなんと言おうと自分の言いたいことだけをまくし立てよう。
と決め電話をしました。 「日本に電話、森山、番号 042・・・・」 必死になんども繰り返し伝えていると電話の向こうから「なんか変な言葉しゃべっているよ」と日本語が聞こえてきました。
それからは、辞書片手に毎日スペイン語の勉強をしつづけ、3ヶ月後にはコミュニケーションが取れるようになり、電話での不自由がなくなりました。

無事電話を終え、町を散歩するといたるところで、老若男女がサッカーをしています。
小さい子供から、おじいちゃんまでが1つのボールを追いかけている姿はとても私にとって新鮮でした。
遠くで見ていた私もサッカーにいつのまにか混ざり、一生懸命楽しくボールを追いかけたことが、これまでの自分のサッカー感を大きく変えてくれたように思います。
ボール1つで、皆で楽しく、夢中になれるこれがサッカーなんだと気がつきました。
今、スクールや中学生とサッカーをやると"大人気ないな〜”という言葉をよく聞きますが、アルゼンチンでは、年上の選手やコーチが入るといかに抜くか、いかに勝ってやろうかと逆に燃える選手達が沢山います。 日本にもそんな選手達が増えていくとおもしろい選手が出てくるのだろうなと思っています。

話がそれてしまいましたが、次回は 所属クラブでの・・・です。


Mayo 01, 2006

アルゼンチンでの珍事 第1回

こんにちは。
アルゼンチンでの話を聞きたいとご要望があったので書いていきます。
アルゼンチンと聞いて思い出される事は何でしょうか? 
タンゴ、サッカーが強い、遠い、マラドーナ.... 高校を卒業し、これぐらいの知識量で無謀にもアルゼンチンへ渡りました。  飛行機で約30時間..... このような長い時間だとすごく暇です。開いている席で横になったり、本を読んだり、映画を見たり、暇つぶしにフライトアテンダンスを呼んでみたり・・・
そうこうしているうちにブラジル・サンパウロについて乗換しなければいけないのですがポルトガル語がまったく分からなかったので、サッカーがうまそうな顔をしているアルゼンチン人(と思われる)の集団についてゲートに向かったのを覚えています。この時はとても不安でした。
なぜなら高校受験のときにも、同じように受験生らしき集団についていったらぜんぜん違う高校の受験会場についてしまった事があったからです。
無事にアルゼンチンにつき、出迎えてくれているスタッフと一緒にまずはブエノスアイレスにあるホテルに
向かうのですが、その道中にアルゼンチン代表の合宿地がありました。 この合宿地はとてもきれいに整備された芝生で、 94年の日本にはまだそういった場所がなかったので新鮮に見えました。
そしてブエノスアイレスのホテルに着き、そこでは・・・・・
続きはまた次回。

 

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